顧客2
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2024.06.25(火)親譲りの無鉄砲で小供の時から損ばかりして居る。小学校に居る時分学校の二階から飛び降りて一週間程腰を抜かした事がある。なぜそんな無闇(むやみ)をしたと聞く人があるかも知れぬ。別段深い理由でもない。新築の二階から首を出して居たら、同級生の一人が冗談に、いくら威張っても、そこから飛び降りる事は出来まい。弱虫やーい。と囃(はや)したからである。小使に負(お)ぶさって帰って来た時、おやじが大きな眼をして二階位から飛び降りて腰を抜かす奴があるかと云ったから、此次(このつぎ)は抜かさずに飛んで見せますと答えた。
親類の者から西洋製のナイフを貰って奇麗な刃を日に翳(かざ)して、友達に見せて居たら、一人が光る事は光るが切れそうもないと云った。切れぬ事があるか、何でも切って見せると受け合った。そんなら君の指を切ってみろと注文したから、何だ指位此(この)通りだと右の手の親指の甲をはすに切り込んだ。幸(さいわい)ナイフが小さいのと、親指の骨が堅かったので、今だに親指は手に付いて居る。然し創痕(きずあと)は死ぬ迄消えぬ。
庭を東へ二十歩に行き尽すと、南上がりに聊(いささ)か許(ばか)りの菜園があって、真中に栗の木が一本立って居る。是(こ)れは命より大事な栗だ。実の熟する時分は起き抜けに脊戸(せど)を出て落ちた奴を拾ってきて、学校で食う。菜園の西側が山城屋(やましろや)と云う質屋の庭続きで、此(この)質屋に勘太郎という十三四の忰(せがれ)が居た。勘太郎は無論弱虫である。弱虫の癖に四つ目の垣根を乗りこえて、栗を盗みにくる。ある日の夕方折戸の蔭に隠れて、とうとう勘太郎を捕(つら)まえてやった。其(その)時勘太郎は逃げ路を失って、一生懸命に飛びかゝって来た。向うは二つ許り年上である。弱虫だが力は強い。鉢(はち)の開いた頭を、こっちの胸へ宛(あ)てゝぐいぐい押した拍子に、勘太郎の頭がすべって、おれの袷の袖の中に這入(はい)った。邪魔になって手が使えぬから、無闇(むやみ)に手を振ったら、袖の中にある勘太郎の頭が、左右へぐらぐら靡(なび)いた。仕舞に苦しがって袖の中から、おれの二の腕へ食い付いた。痛かったから勘太郎を垣根へ押しつけて置いて、足搦(あしがら)をかけて向(むこう)へ倒してやった。山城屋の地面は菜園より六尺がた低い。勘太郎は四つ目垣を半分崩(くず)して、自分の領分へ真逆様(まっさかさま)に落ちて、ぐうと云った。勘太郎が落ちるときに、おれの袷の片袖がもげて、急に手が自由になった。其(その)晩母が山城屋に詫(わ)びに行った序(つい)でに袷の片袖も取り返して来た。